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始まりは、私がいつものようにパチュリー様の命で図書館の整理をしていたときのことでした。
……いえ、正確にはその表現も正しくは無いのかもしれませんね。
なぜなら、その時にはとっくに、紅魔館は変わり果てた手遅れな状態になっていたのですから。
■東方よろず屋【第二部】■
■第六十三話「バイオハザード……?」■
静寂がこの空間を満たし、乾いた匂いを運ぶ静まり返った図書館。
私こと名無しの小悪魔の仕事は本の整理、そしてパチュリー様のお世話。言ってしまえば、パチュリー様専属の雑用係……では、なんだか聞こえが悪いですね。ここは秘書と言う事にしておきましょ� �。
専属の秘書。うん、なんだか出来る女みたいでちょっといいかもです。眼鏡でもかければ完璧でしょうか? 今度、咲夜さんに頼んで買ってきてもらいましょうかねぇ眼鏡。
そんな他愛もないことを考えながら、私は一人ふぅっと小さくため息を零す。
そう、一人なのです。
今この図書館には私しかいない。
敬愛するわが主、パチュリー・ノーレッジ様は今頃、この館の主であるレミリアお嬢様にお茶に招かれてテラスで優雅に紅茶を嗜んでいることでしょう。
ちょっとうらやましく思うのと同時に、パチュリー様に命じられた仕事をこなしたいとも思う。
二律背反、とでも言えばよろしいのでしょうか?
私とて、レミリアお嬢様のようにパチュリー様と紅茶を嗜んだりしたいのです。しかし、私にとってはパチュリー様から賜った仕事は何よりも変えがたい至福の時。
私に仕事を任せてくださる� �いう事は、それだけ私のことを信用、あるいは信頼してくれているという事。
これが、使い魔として存在する私にとって嬉しくないはずがない。その信頼に、全力を持って応えたいと思うのは当然なのです。
いやでも、寂しいのは寂しいのですけどね。
「パチュリー様~、あなたの小悪魔は寂しくて死んでしまいそうですよ~」
なんとなしに呟いてみましたが、「聞こえるはずが無いか」と苦笑して、いつも使っている椅子に腰掛ける。
静寂、と言うのも嫌いではありませんが、それでもやはり一人でいることは寂しいものです。
早く帰ってきてくれないかなぁ、パチュリー様。そんなことを思っていたときでした。
ギィッ……と、重厚な扉の開く音。
期待を膨らませて其方を振り向いて� ��れば、入ってきた人物が目的の誰かでなかったことに落胆し、膨らんだ期待が空気の抜ける風船のように萎んで行く。
代わりに沸きおこったのは焦燥と不安。
だって、今しがた扉を開けた妖精メイドは―――今にも息苦しそうな表情で膝を突いていたのですから。
「どうしたのゴンザレス!?」
「小悪魔様、ゴンザレスって言わないでください。それよりも非常事態です、一刻も早く紅魔館から脱出してください」
「非常事態? どういうことなのゴンザレス。まさか、とうとうメイド長が欲望に我慢できずににゃんにゃんうふふな破廉恥行為に及んだりとかしかしたんですか!?
畜生、なんてうらやましいんですか咲夜さん!! 私も混ぜてくださいよ妬ましい妬ましぃぃぃ!!」
「……頭大丈夫ですか」
わーい、ゴンザレスってば冷たい。小悪魔泣きそうです、よよよ。
その冷静さ、さすが私とパチュリー様直属の図書館部隊隊長。妖精の癖に頭よくて冷静で妬ましい妬ましい。パルパルパルパルパルパルパル!!
「パルパル言ってないでイイから脱出してください。今のところ、無事なのは小悪魔様だけなんですから」
「あれ、心読みました?」
「おもいっきり口に出してました。そんなことよりもイイから脱出して、後ほどそのピンク一色の発禁な脳みそを永遠亭の薬師にでも見てもらってください」
うわぁお、辛辣。ゴンザレス、もしかして私のこと嫌いですか?
……と、そこまで思考して気がつく違和感。
今、彼女はなんといった? 無事なのが、私……一人?
嫌な予感が駆け巡る。足のつま先から、背筋を通り脳髄を伝って、脳に届けられる冷たい悪寒。
「ゴンザレス、パチュリー様は!!?」
そう問いかけたときの私の声は、どこか悲鳴みたい。
鏡なんかで確認しなくても、今の私はきっと血の気を無くした青い顔をしていることでしょう。
聞き間違いであってほしい、そう一縷の望みを託して問いかけた言葉にも、返ってきたのはフルフルと静かに横に首を振る動作だけ。
「そんな……」
足の力が抜けて、がっくりと膝を折る。
一体どうすればいいのか、嘆けばいいのか、泣けばいいのか、それとも今すぐにパチュリー様のいるテラスに駆ければいいのか。
一度思考が漂白されて、様々な感情と思考が入り� �じり、何をどうすればいいのかわからない。
そんな私に、再びゴンザレスは言葉を投げかけてくれた。
膝を折った私を叱咤し、元気付けるかのように。
「小悪魔様、コレはパチュリー様の命でもあります。今、感染していないあなただけが頼りなのですよ。私もお嬢様やメイド長、パチュリー様達のようにいつ変態するかわかりません」
「変態!?」
「どこに食いついてるんですか、そういう意味じゃありません。いいですか、一刻も早く巫女に、あるいはスキマ妖怪に事の次第を伝えて……ッ」
しっかりツッコミを入れたかと思えば、彼女は苦しそうに表情を俯いてしまう。
彼女を助けようと慌てて駆け寄ろうとするのだけれど、それは他ならぬゴンザレス自身に止められてしまった。
� �「……私のことよりも、あなたにはやることがあるでしょう。いいから行ってください、小悪魔様。必ず、必ず紅魔館を救ってください!」
「―――ッ! わかりました、待っていてくださいねゴンザレス。正直、事態がまだ飲み込めていませんが、すぐに巫女に事情を伝えてきます」
「お願い……します」
普段、真面目な彼女がコレほどまでにお願いをするという事は、紅魔館はそれほどの事態に見舞われているという事。
パチュリー様や咲夜さんはおろか、あのお嬢様でさえ不覚をとったという事になる。
よく考えればわかることだったのだ。私が駆けつけたところで、何も出来るはずがない。
私に出来ることは、口惜しいけれど外部に助けを求めることだけ。
情けない、と悔しさを押し殺して私は駆け抜けて行く。彼女を追い越し、図書館を出てまっすぐな廊下を振り返りもせずに。
それが、私の大好きな家族を救える唯一の手段だと信じて。
景色が後方に流れていく。風を切りながら目的の場所を目指して空を翔る。
早く、早く、早く! 気持ちがせいているせいか、いつも以上のスピードで空を飛んでいるというのに遅いと感じて苛立ちばかりが募っていく。
パチュリー様は無事なのか、みんなは手遅れになっていないだろうか、様々な不安が綯い交ぜになって私の心の内をかき乱す。
視界に博麗神社が見えてくる。私はあせる気持ちを抑えながら徐々に減速してゆっくりと神社の境内に降り立った。
急ぎすぎて大怪我なんてして、肝心の助けを呼べなくなってしまっては目も当てられない。
「霊夢!!」
大声を上げて、私は神社の方に駆け寄って行くけれど……そこで人影に気がついて、はたと足を止めてしまった。
そこに立っていたのは、灰色の衣服に身を包んだ少女。背丈はレミリアお嬢様よりも少し高いぐらいだろうか、すらり とした細身の体に、端正な顔。
色白の肌はきめ細やかで、その瞳は赤く、大きいけれどもどこか鋭い印象を受ける。鼠の丸い耳に薄い灰色の髪はボブカットにされて、それがこの少女にはよく似合っていた。
「やぁ、紅魔館の……司書君だったかな? 霊夢ならここにはいないよ」
「ナズーリン、さん?」
その人物があんまりにも意外だったから、私は呆けたようにその少女の名を読んでいた。
以前、空に浮かんだ宝船騒動の時以来の付き合いになる妖怪ねずみ。今は確か、人里の近くに立てられた「命蓮寺」という場所に彼女の主人共々、そこで生活していたはず。
そんな思考を見透かしたかのように、彼女はやれやれといった様子で肩をすくめた。
「私のご主人がまたうっかり無くし物をしてしまってね。探し物から帰って見れば主人ともども、寺の皆が愉快なことになっているもんだから巫女の元を訪れたわけさ」
「あー、それはなんと言うか……ご愁傷様です」
彼女のご主人のことを知っている私としては、なんとも言えず当たり障り� �ない返事を返すだけにとどまった。
何しろ彼女のご主人、虎丸星さんはいわゆるドジッ子さんで、私達の予想もつかないものをこれまた私達の予想もつかない場所に無くしてしまうのだ。
そのたびに、「探し物を探し当てる程度の能力」を持つ彼女が探し物を探す羽目になる。
「その慌てようから見ると、どうやら君のほうもなにやら異常事態とお見受けするよ。寺だけでなく人里でも感染が広がっているようだし、コレはいよいよ大事かな」
「感染……?」
そういえば……ゴンザレスもそんなことを言っていたような気がします。
それはつまり、紅魔館だけにとどまらず、幻想郷全体に及んでいる感染症……という事なのでしょうか?
それにしても……、なーんか私とナズーリンさんの間に温 度差があるような気がしてならないんですけど。
私の方は切羽詰っているというのに、対してナズーリンさんのほうは余裕綽々といった感じ。
いくら冷静で思慮深いナズーリンさんだって、なんだかんだ言いながらもご主人の星さんのことは慕っていたと思うんですけど。
「……なんというか、随分余裕ですね、ナズーリンさん。ご主人が心配じゃないんですか?」
「あぁ、いやあの主人にはたまにはいい薬じゃないかな。確かに最初は驚いたけど、しばらく観察してるとばかばかしくて呆れてくる」
やれやれと、これ見よがしにため息までついてしまった彼女。
あるぇー? なんかいよいよ話がおかしくなってきた気がしますよワトソン君。どういうことですかコレ、ホームズ先生。いや、ナズーリン先生。
と、そんな疑問に苛まれているとこれまた珍しい顔が博麗神社の鳥居をくぐった。
あの白色と独特なシルエットは……間違いない、エリザベスさんです。
[ついてきな、二人とも]
くいっと指を階段の方に差して、いつものようにプラカードに言葉を書く。
一体どうしたものかとナズーリンさんのほうに視線を向けてみると、彼女はしばらく思案した後で小さく頷いて見せた。
「ついていこう。彼はどうやら、何か事情を知っていそうだからね」
「そうですね」
どちらにしろ、ここには霊夢はいないみたいだし、このままじっとしているわけにも行きま� ��ん。
色々納得のいかないことも、わからないことも山積みですけど、ジッとしていたって問題は解決しないのですから。
分割を骨折
エリザベスさんの後ろを二人でついて行きながら、博麗神社を下りていきます。
長い長い石段をくだり、ゆったりとした足取りでエリザベスさんは前を歩いていく。
どうやら、歩幅を私達に合わせてくれているみたいで、少し離れると止まって私達が離れないように歩幅を調整しているようです。
なんという男前。なんでこう無駄なところで無意味に男前なんでしょうかこの人。……あれ、人?
それはともかくとして、獣道をひたすらまっすぐ歩いて行くのですが、やはり空を飛ばないと疲れますね。仕事場でも基本的に飛んでますし。
それにしてもこの方角は……魔法の森のほうでしょうか?
そう思った直後のことです。草むらから飛び出す 黒い影が、私達に襲い掛かったのは。
咄嗟に動いたのはエリザベスさんでした。彼はプラカードを真横に振りぬき、飛び出した影が吹き飛ばされてゴロゴロと地面を転がります。
そこで、改めて飛び出した影の全容があらわになる。見覚えのあるグリーンのチャイナ服に、鮮やかな赤い髪、それは間違いなく―――
「美鈴さ―――って、うわ気持ち悪っ!!?」
美鈴さん……だったんですが、なんか顔半分が全ッ然知らない黒人男性になっているのですよ。しかもなんか眉毛がごん太になって繋がってますし。
思わず反射的に本音が出ましたが、私悪くないですよね!? だってあれじゃ某ロボットアニメのア〇ュラ男爵です!!
「……君は、なんと言うか酷いな」
あはは、やっぱりー? ですよねー。美鈴さんゴメンナサイ。
と、冗談はさておくとしても、コレはいったいどういうことなのでしょうか。いつもは温厚なあの美鈴さんが敵意をむき出しにして私達を睨みつけているのです。
明らかに普段とは違う、正気には見えない状態の美鈴さん。まるで獣のように唸り、私達を逃がすまいとギラギラとした瞳で凝視してくる。
そして、私達を庇うようにエリザベスさんが立ちふさがった。
[君達は香霖堂に。ここは引き受けた]
「む、無理ですエリザベスさん!! 相手はなんか気持ち悪……じゃなくて、正気を失っているとはいえ美鈴さんですよ!!?」
エリサベスさんがそう促すけれど、私は声を大にしてそう言葉にした。
何しろ、弾幕勝負ならいざ知らず美鈴さんは接近戦において無類の強さを誇ります。何しろ、あの吸血鬼であるお嬢様にでさえ、接近戦ならば互角に近い勝負が見込めるほどです。
エリザベスさんには悪いですけれど、とても彼が勝てる相手とは思えません。
しかし、彼はそこを引きません。まるで背中が語りかけているかのような錯覚すら覚えてしまう。
早く行け、と。彼の背中が、そう語る。
「行こう、小悪魔」
「でも……」
「ここでこうしていても、彼の足手まといだよ。私達を生かそうとしている彼の勇気を、ここで� �駄にするわけには行かない」
どこか達観したような言葉。ナズーリンさんは私の手を掴んで走り出す。
途端、背後から何かが打ち合う音と轟音が響き渡る。はっとして振り向けば、美鈴さんの拳を、エリザベスさんがプラカードで防いでいるところでした。
砕け散るプラカード、そしてその衝撃で吹き飛ばされるエリザベスさん。彼は大木に叩きつけられ、ずるずるとずり落ちて地に落ちた。
「エリザベスさん!!」
[行け!!」
その光景が遠くなる。私が最後に見た光景は、彼がそのプラカードを掲げて、美鈴さんの蹴りを転がるように回避しているところ。
そして―――美鈴さんの瞳から涙が零れ落ちていたのを、私は見逃さなかった。
辺りが薄暗くなり、すっかりと先ほどの光景 も見えなくなってしまった。
代わりに、視界で徐々に大きくなっていく一軒の建物。
建物の前には物が乱雑に置かれ、外の世界の道具が溢れた古道具屋。咲夜さんと一緒に、ここに本の仕入れに来たことも一度や二度ではないから、この場所はよく知っている。
香霖堂。偏屈な主人が住み、役に立つものから、用途や意味のわからないものすらも置いてあるこの場所に、一体何があるというのか。
とんとんっと、ナズーリンさんがノックをすると、ドアが僅かに開いて瞳が私達を値踏みするようににらみつける。
やがて何かを悟ったのか、僅かにしかあいていなかった扉が大きく開かれる。
「どうやら、あいつ等の仲間じゃなさそうね」
「れ、霊夢!? あなた、どうしてこんなところに!?」
「別に、イイから入りなさいよ」
そこにいたのは、神社にいなかった博麗霊夢だったものだから、私は思わず驚いてしまう。
そんな私を鬱陶しそうに一瞥すると、彼女は視線で早く入れと催促を始めたので、身の危険を感じる前に私とナズーリンさんは店内に入る。
と、そこにいたメンバーに、これまた私達は目を丸くさせることになるのです。
「これは驚いた。随分な実力者ばかりだね」
感嘆したように言葉を零したナズーリンさんのいうとおり、ここにいるメンバーは私が場違いだと思えるほどの方々ばかりだった。
先ほどの博麗霊夢はもちろん、あのスキマ妖怪の式である八雲藍、永遠亭の主従、蓬莱山輝夜に八意永琳、妖怪の山の神社の巫女、� �風谷早苗に、竹林に住み、永遠亭までのボディーガードも勤める案内人の藤原妹紅まで。
他にも、ここの主人である森近霖之助や、この幻想郷によく顔を見せるようになった桂小太郎もいます。
「よく無事だったな、二人とも。ところで、エリザベスを知らないか? 生存者を捜すと言ったきり、帰ってこんのだ」
「それは……」
桂さんの言葉に、私は思わず口ごもってしまう。
私が言うべきか否か、迷っている間にナズーリンさんが静かに首を振った。
「そう……か」
「すまない。本当なら加勢すべきだったのかもしれないが……」
「いや、君が気に病む必要はない。エリザベスは、君達を守ろうとしたのだろう。今回、感染者に触れられただけでアウトなのだ。それに、まだエリザベスが死んだと決まったわけではないからな」
明らかに落胆したかのような桂さんの言葉に、申し訳なさそうにナズーリンさんが謝るが、彼は静かに首を振ると毅然とした様子でそう返答した。
そこにあるのは、確かな信頼。明確で、何よりも固い堅牢な信用と愛情。
あぁ、エリザベスさんは愛されているんだなと、その様子だけでそうわかってしまう。
「と、いう事は生き残ったのはここにいるメンバーだけ……ってことね」
「姫、確かにその通りですが、別に死んでいるわけではないんですよ?」
「わかってるわよ永琳。そうじゃないと、そこの考え無しがここでジッとしてる筈がないものね」
くすくすと笑いながら、揶揄するように言葉にしたのは輝夜さん。
そして輝夜さんのいう考え無し……つまりは妹紅さんが盛大に舌打ちをして、輝夜さんをギロリと睨みつける。
あぁ、勘弁してくださいよ二人とも。こんな狭いところで争われたら私は間違いなく巻き添え食らってお陀仏です。
「ここで喧嘩はよしてほしいね。荒事なら店の外で頼む」
� �そんな彼女達をけん制するように、霖之助さんからため息交じりの言葉が飛ぶ。正直、けん制になってない気がしないでもないですが。
それでも効果はあったようで、輝夜さんは肩をすくめ「はーい」なんて言葉にして、妹紅さんも霖之助さんに迷惑をかけるつもりはないのか仏頂面でしたがそっぽを向くだけで終わりました。
……あぁ、肝が冷えます。寿命が縮みますよ本当に。
何しろこの二人の場合、スペルカードルールなんてものじゃなくて本気の殺し合いなんですから。
「藍さん、幻想郷で今なにが起こっているんですか? 無事なのが、私達だけって……」
「あー、その何だ。説明すると非常にめんどくさいんだが……」
私の質問に、気難しそうな顔をした藍さんは「さて、どうしたものか」と言葉を零した。
はて……藍さんが口篭るとはこれまた珍しいこともあるものです。ことの説明なんかはご主人がご主人ですし、大の得意だったと記憶しているのですけど。
「それは、俺から説明しよう」
と、ここで彼女に助け舟を出したのは意外にも桂さんでした。
なんだか微妙な顔をした藍さんでしたが、小さくため息をつくと彼に説明を促すように頷いてみせる。
それから、彼の口から事の次第が語られ始めたのでした。
「今回の事件を引き起こしているのは、とあるウイルスだ。それがどうも別のウイルスと� ��な方向にジョグレス進化してしまったようでな、俺が知るものより凶悪なものになってしまった。
元のウイルスはインフルエンザウイルスと……RYO-Ⅱと呼ばれるウイルス兵器だ」
「へ、兵器!!?」
さすがに、私もこの単語には驚きを隠せずに声を零した。
彼はそれを確認して頷くと、つらつらと再び言葉を紡ぎ始める。
「そう、かつて猩々星と戦争をしていた丸米族が、毛深いものにだけ感染するウイルス兵器を開発、それがRYO-Ⅱだ。
このウイルスはやがて毛深くないものにまで感染するようになり、感染したものは眉が繋がりゾンビのように徘徊し、感染者を増やしていく。
そして、このウイルスの最も恐ろしいところは―――感染したものは例外なく行動が駄目なオッサン� �なってしまうという事だ!!」
「……はい?」
彼の説明を聞いて、うっかり私は間の抜けた声を上げていたと思います。
イヤだって、技術の進んだ桂さん達の世界の兵器だって聞いたからどんな恐ろしいものかと思ったら……オッサンになるって。
あぁ、だからナズーリンさんが余裕酌酌だったわけですね。見た目は色々とあれですが、実質オッサンになるだけって……。
「やがて幻想郷中に充満したら、そうなったらどうなる!!? 幻想郷はお終いだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ズダンと勢いよく床を叩く桂さん。はたしてあれはマジでやっているのでしょうか。正直、色々とシュールなんですけど。
……あー、本気でやってそうでいやだなァ。桂さん、冗談とかいう人じゃないし、何時でも全力投球な人だし。
「……あれ、なんでそんな冷静なんだ小悪魔殿」
「いや……だって、駄目なオッサンって。なんか、緊張感に欠けるといいますか……」
「何を言う、小悪魔殿!! あれだぞ、金にがめつく強欲で、仕事も怠けてばかり。辺に繊細でマニアックな趣味を持ってなんか気持ち悪い、そんなオッサンになってしまうのだぞ!!
そんな駄目なオッサンの何がいけない!!? 言ってみろ、一つ一つ直して行くから!!」
「強いて言えば今先ほど桂さんが言った部分全部です」
あぁ、途端に頭痛がしてきました。どうりで先ほど藍さんが言いよどんだわけです。
これは確かに色々と説明しづらいものがあります。
……と、あれ? でも、先ほどの桂さんの説明だと、美鈴さんの見た目が徐々に変わって行ってたことに説明がつかないんですけど。
「あの、桂さん。それだと見た目が黒人男性みたいになっていく現象の説明が出来てないんですけど」
「うむ、それがインフルエンザウイルスと妙な方向にジョグレス進化したようでな。あのウイ〇ス・ミス化はインフルエンザ分だ」
「そんなインフルエンザ聞いた事もないんですけど!!?」
減量薬ndustry統計
彼の説明に納得がいかず思わずツッコミを入れると、霊夢が私の肩にポンッと手を置いて小さくため息をつく。
「信じがたいけど、本当よ。私が風邪引いたときにそいつが来てたんだけどね、そん時はそいつ黒人男性みたいになってた」
「マジですか!!?」
「霊夢の言うとおりだよ小悪魔。で、それに驚いた霊夢が彼を蹴飛ばし、その拍子に彼の中に溜まっていた大量のウイルスが幻想郷に充満し、奇怪な方向にジョグレス進化したわけだ」
「それじゃ霊夢のせいじゃないんですかこの事態!!? ていうかさっきから何回引っ張るんですかジョグレス進化!!?」
今とんでもないことが霊夢と藍さんの口からこぼれ出て、私はうっかりツッコミを入れる羽目になりました。
すると、やっぱり自覚はあったのか霊夢は明後日の方向を向いて冷や汗をかいてらっしゃる始末。
「まぁまぁ、小悪魔さん落ち着いてください。解決のめどは一応立っているんですから。そうですよね、永琳さん」
「えぇ、早苗のいう通りよ」
思わずそのまま突っかかりそうだった私を押しとどめ、早苗さんが永琳さんにそう問いかける。
すると、永琳さんはにっこりと笑みを浮かべると安心させるように言葉を紡いだので、それでようやく落ち着いた私は彼女に視線を向けた。
「感染が始まって時間がたっているも の、ウイルスを解析し、薬も出来上がったわ。後は、この薬を弾幕に乗せて打ち上げて薬を拡散させるだけ。
問題は打ち上げる場所だけれども……人里の中央の広場が丁度いいわね」
「人里か、それは中々難しそうだね。私もネズミ達に里の様子をさぐらせては見たが、感染者だらけだよ。その中央となると、これまた難題だ」
永琳さんの説明に、今度はナズーリンさんが苦言を零す。
確かに、ナズーリンさんの言うとおりです。桂さんの説明が本当なら、感染者に触れただけでアウトになってしまいます。
感染者が群がる人里の中央にだなんて、それは至難の業でしょう。
しかし、その懸念は予想済みだったのか、永琳さんは相変わらずにっこりと笑みを浮かべたままでした。
「もちろん、感� ��せずに中央にまで行くのは至難の業でしょう。ですが―――私は蓬莱の薬を飲んだ身、病や毒には非常に高い耐性があります」
「何、アンタ一人で行くつもりなの?」
「えぇ。姫にこのような雑務をやらせるわけにはいかないですし、薬の扱いに関しては幻想郷一であると自負していますので。皆さんの手をわずらわせる必要もありませんわ」
怪訝そうな霊夢の言葉に、永琳さんはそうあっさりと返答した。
なんと言う安心感。さすがに本物の医者から出る言葉は安心感が段違いです。
「なら私が一応、護衛について行くわ。私も蓬莱の薬を飲んだ身、アンタと同じように耐性があるはず」
「あらそう? それならお願いしようかしら」
妹紅さんの申し出に断る理由もないのか、永琳さんは意外なものを見るような視線を向けながらも反対はしなかった。
確かに、妹紅さんも蓬莱の薬を飲んだ身の上。それなら連中にもある程度対応できるかもしれません。
……あ、もしかして輝夜さんと一緒に居たくなかっただけかも知れませんね。それに、妹紅さんにしてみればご親友の慧音さんが心配でしょうし。
「では、行ってまいりますわ姫」
「えぇ。妹紅、永琳の邪魔にならないようにね」
「わかってるよ。いちいち腹立つわね、アンタは」
永琳さんが気軽に言葉にしたというのに、また余計なことを言って輝夜さんが妹紅さんを煽る。
身に感じる殺気が痛いです。グサグサ体に突き刺さってるか のようですよ。
妹紅さーん、ノーモアウォー!! ノーモアウォーですっ!!
そんな私の必死の祈りが届いたのか、しばらくすると殺気を抑えて永琳さんと共に妹紅さんは香霖堂を後になさったのです。
……はぁ~、もう勘弁してください本当に。
「あー、てすてす。聞こえますか永琳さん」
『えぇ、バッチリよ早苗さん。もう少ししたら人里に到着するわ』
いきなり陰陽玉に話しかけ始めた早苗さんのほうを怪訝に思っていると、その陰陽玉から声が聞こえてきて少し驚いてしまう。
そういえば、以前パチュリー様が間欠泉騒ぎのときに紫さんから譲り受けてましたっけ?
あれと同タイプの通信機能つきという事でしょうか。なんと言う便利アイテム。私も一つほしいです。
私がそんなことを考えてしまうように、随分と緩い空気がこの� �には流れていました。
永琳さんの実力は知っていますし、妹紅さんが強いのは周知の事実。だから、みんな大丈夫だと無意識に思っていたのでしょう。
永琳さんたちと通信が途絶えたのは、―――その後すぐのことでした。
眼前には感染者が群がる亡者の里、蠢く人垣はまるで地獄のよう。
「……と、シリアスな感じにまとめて見ましたがどうするんですか」
「どうするって、強行突破しかないだろうね。そのためにこうして全員で来たんだから」
私の言葉に肩をすくめながら返答したのは、隣に居たナズーリンさん。
いや、まぁそういうだろうとは思っていましたけど。
今の人里には妙な結界が張ってあり、内部での飛行が不可能になっていたのです。
霊夢にいわせると、この� ��イプの術は術者本人を倒さないと解除できないのだとか。
張ったのは……恐らく、慧音さんでしょう。人里を守護する彼女のことですから、異変に気が付いたときには外部からの進入が無いように結界を張ったはず。
飛べない人間の方々には、空からの襲撃者が一番恐ろしいですからね。この幻想郷では尚更です。
もっとも、人を守るためのこの結界も今はあまり意味を成してないのですが。まさか風邪の延長でこのようなことになるとは慧音さんも夢にも思わなかったでしょうし。
……この結界があるってことは、慧音さん、もしかして感染しましたか?
「まったく、よりにもよって蓬莱人まで感染するなんて……、酷い悪夢だわ」
「ヤマメの奴でもいれば少しは違うんでしょうけどね。あっちはあ っちで大変みたいだし」
頭痛でもしているのか頭を抑える輝夜さんに、心底めんどくさいといった雰囲気がありありと見て取れる霊夢。
霊夢の言うとおり、ヤマメさんがいれば少しは違うのでしょうが、彼女は地底にウイルスが侵入しないように能力をフル行使しているらしくて身動きが取れないとか。
さすが病気(主に感染症)を操る程度の能力。凄まじい防御能力です。
「万が一のことも考えて、永琳殿からいくつか薬を預かっておいて正解だったな」
「桂殿、本当によかったのか? なんなら、香霖堂の店主と共にあそこに残っていてもかまわなかったのだが……」
「そういうわけにもいかぬ。経緯はどうであれ、これは俺にも責任があることだ。君達だけ行かせるわけにわいかんさ」
いざと言うときは盾になろう。そう締めくくって彼は静かに瞼を閉じる。
それだけ覚悟があるという事なのでしょう。根が生真面目な人柄ですし、テコでも動きそうに無いところを見ると何を言っても無駄そうです。
それを悟ったのでしょう。藍さんもそれ以上は言わず、「あまり無茶をなさらないように」と釘を刺すだけでした。
うーん、霖之助さんとは大違いです。いや、あの人はそもそも運動が得意ではなさそうですし、弾幕勝負も出来ないので仕方ないといえばそうなのですけど。
「下手に 攻撃できないのは面倒ね。人里の人々はただ感染してるだけだし」
「その感染が厄介なんですけどねぇ。あー、もう本当、いったいどこのバイオハザードですか。ラクーンシティじゃあるまいし」
霊夢の一言に、早苗さんが心底疲れたように言葉を零す。
触れられただけで感染と言うのが一番厄介なのには違いないので、ここにいるメンバーが同意しました。
オマケに、感染速度も馬鹿にならないですし、幸いなのはこの中に毛深い人がいないことでしょうか。そのおかげで空気感染だけは免れてますし。
なんにしても、一番いいのは見つからないように里の中央につくのが一番なんですが、それも難しいでしょう。
「さぁ、こんなところで躊躇してても仕方がないわ。とっとと行きましょう」
� �輝夜さんが痺れを切らしたのか、臆した風も無くずかずかと人里に歩みを進め、入り口をくぐる。
特に異論はなかったので私達もそれに続き、輝夜さんの後に続いてなるべく感染者、通称マユゾンに見つからないように移動していきます。
時には建物の裏。ある時は草むらの中。ある時は家の中。身長に中央に近づく私達の光景は、はたから見ればさぞシュールなことでしょう。
え、不法侵入? 馬鹿を言っちゃいけません、こちらだって色々と必死なのです。
しかし、やはりわかってはいたことですがこうやって隠れながらこそこそと移動していると時間がかかります。
現に、気の長いほうではない霊夢が見てわかるほどに苛立っているのがわかる。
「あー、もう。まどろっこしいわね」
「霊夢さん、気持ちはわかりますけど早まらないでくださいよ?」
「わかってるわよ」
憮然とした様子で愚痴を零した霊夢に、戒めるように早苗さんが言葉にすると、彼女は釈然としない様子で唸るように返答する。
うわぁ、あれは相当イライラしてますよ。さすが霊夢、妖怪たちの子供のしつけに「紅白が来るぞ!」なんて揶揄されるだけあります。物凄く怖いんですけど。
さて、気がつけば� �里のカフェの裏に到着したわけなのですが、ここいらには例のマユゾンの姿が見当たりません。
桂さんの話によると、奴らはオッサン臭い場所を非常に好むのだとか。
パチンコや床屋、または賭場や居酒屋などが特に多いのだとか。パチンコなんてこの幻想郷には無いので、恐らくは賭場や居酒屋辺りに集中して集まっているはずです。
だから、この場所はある程度は安全だと、その油断がいけなかったのでしょう。
ピシリと、私の耳元に届く壁に皹の入る音。
それに気付いて振り返るよりも早く、カフェの壁が爆砕したのです。
衝撃で破片が飛び散り、一際尖った破片が私の顔面に飛んでくるのが、まるでスローモーションのよう。
現実感の無い光景に、私はまるで写真を覗き込むような錯覚� �覚えていました。
身動きのとれない私の腕を誰かが掴み、そのまま引っ張ると先ほどの景色がスライドのように流れていく。
数瞬遅れて、鋭利な破片が私の眼前を通りすぎるのを、他人事のように私はぼんやりと眺めていた。
そうして、誰かに抱きとめられたところで、私はようやく自分のみに起こった事実を認識し、途端に冷たい嫌な汗が噴出すのを感じました。
「大丈夫か、小悪魔殿」
「あ、……はい。大丈夫、です。ありがとうございます、桂さん」
にきびにきび答えフリー製品
背筋に悪寒が駆け上がっていくのを感じながら、私は彼にお礼を言う。
彼が私の腕を引っ張ってくれなければ、私は多分大怪我ではすまない傷を負ったはず。
桂さんに抱きとめられた形になる今の格好が少々恥ずかしいですが、今はそんなことを気にしている場合ではありません。
砕け散り、大穴が開いたカフェの壁から、のっそりと誰かが姿を見せる。
砂金のような金髪は赤いリボンでポニーテールに結われており、その衣服はいつもの白いものではなくカフェの白と黒を基調とした制服。
そして何よりも目に付いたのは―――その純白の大きな翼。
「幻月、さん」
間違いない、そこにいるのは幽香さんのご友人の� ��月さんに間違いないです。
なんてついてないことでしょうか。まさか最初に遭遇したマユゾンがまさかのラスボスクラス……って、あれ? 眉毛繋がってない。
眉毛は確かに太いんですけど、マユゾンの特徴である太眉の繋がりがないんです。
これは一体どういうことでしょう……って、あの太い眉毛、よく見たら海苔ですよね?
「あの、幻月さん。あなた、感染してないでしょう?」
「チガウー、チガウー、感染シテルヨー、ホラコノトオリ、シャーコノヤロー!!」
「やっぱり感染してないでしょ!!? なんで顎しゃくってんですか!? なんで片言なんですか!!? 物凄く腹立つんですけど!!? ていうか本当に何してるんですか!!?」
さすが巫女といったところか、私は怖くて聞けないことを平然と言ってのける早苗さん。しかも帰ってきた幻月さんの言葉にツッコミまで返す始末。
すごいです風祝。そこに痺れる憧れます! パチュリー様ほどじゃないですけど!!
「今ノ状況ナラ人里で大暴レ出来ル思タヨ、あぽっ!」
『最悪だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』
そんな彼女のツッコミに、相変わらずの片言で幻月さん。
しかも、その内容が内容だけに私達全員から盛大なツッコミが飛んだのも無理も無いことでしょう。
ていうかそのあぽっ! ってなんですか、早苗さんの言葉じゃないですけどものすんごい腹立たしいんですが!?
なんなんですかその悪ノリ!!?
「……幻月殿、悪いがそこをどいてはくれないだろうか? 私達はこの事態を収拾するために、中央の広場に向かわねばならないのだが」
「コノ先ニ行キタイナラ私ノ屍ヲ越エテ行キナサイアル!」
「せめてキャラ統一しなさいよ」
心底疲れきったような藍さんの言葉にも、幻月さんはと言うとまったく持って聞く耳なし。
そんな彼女のまったく持って統一できてないキャラ作りに輝夜さんが呆れたように言葉を零した。
もっとも、幻月さんはそんな輝夜さんの台詞なんてお構いなしに既にファイティングポーズを取っていらっしゃったりするんですが。
うわぁ、最初の敵がいきなりラスボスってなんですかコノ理不尽。
「仕方がないか。みんなは中央の広場を目指してくれ、ここは私が引き受ける」
「おや、いいのかい? 正直、君一人では少々荷が重いと私は思うけどね」
藍さんの言葉に、そう問いかけたのはナズーリンさん。
確かに、幻月さんはあの幽香さんのご友人で、しかも噂に聞けば彼女と互角の勝負を繰り広げたとか。
藍さんも、確かに強いです。確かに強いですけど、幻月さんは藍さんの主人である八雲紫さんと互角に渡り合える規格外。
彼女一人では、恐らく負けてしまう。それは、多分みながわかっていたことですし、藍さん自身もわかっているはず。
「何、伊達に私もあの方の式はやっていないさ。いいから行くんだ、ここは私が―――ッ!」
不適に笑って見せた藍さんの言葉も、最後まで紡がれることも無く、風を切るような鋭い音に遮られた。
しんっと、音が静まり返る。一体いつの間に� �離を詰めたというのか、幻月さんは貫手を放ち、藍さんはそれを防ぐように掴み取っていたのです。
「不意打ちか。さすがに少々卑怯ではないか、幻月殿?」
「あはっ♪ まさか、あのくらい反応して当然でしょう? それがスキマ妖怪の式なら尚更、ね?」
少々、怒気の混じった藍さんの言葉に動じた風も無く、幻月さんはケタケタと愉快そうににやりと笑う。
まるでその口は三日月のようで、悪ふざけでつけていた海苔を剥がして投げ捨てる。
お遊びはお終いと、つまりはそういうことなのだろう。肌に感じるぴりぴりとした威圧感。それが殺意でないというのだから、この悪魔の底の深さに身震いがする。
「あのくらいとは言ってくれる。私は結構肝を冷やしたのだが……さて、先ほどの片言言葉はもうよろしいのかな?」
「いいの。だって、飽きちゃったもの。それよりも今は―――」
言葉が言い終わるよりも早く、自由な右腕でストレートが飛んでいく。
と言っても、私にはまるで見えないのでそう� �あるだろうという予想でしかないのだけれど、ガリガリとカフェの壁をバターのようにあっさりと削る辺り、もしかしたらもっと別の攻撃方法だったかもしれない。
けれどそれは、藍さんのお得意の結界で防がれ、それに気分を害した風も無く幻月さんは笑みを浮かべたまま藍さんを結界ごと蹴り飛ばした。
バチィっという、稲妻がほとばしるような音。焦げ付くような嫌な匂い。
藍さんは無傷のまま着地、しかし結界が維持できなくなったかガラスのように砕け散る。
対して、幻月さんの足は酷く焼け爛れてしまっていた。だというのに、それは一瞬であっという間に再生、そして何事も無く元通りになってしまう。
話には聞いてましたが……なんて、規格外。
「あなたと遊んでた方が楽しいもの!� ��」
それは、歓喜の声。
戦いに赴くためのものでも、ましてや絶対に勝つという気迫でもない、ただただ純粋な喜びの声。
それは、さながら新しい玩具を見つけた子供のような朗らかさ。以前、宴会の席で幽香さんは幻月さんのことをこう評していた。
―――無邪気で子供のようで、だからこそ子供のような残酷さを持った変わり者。
道端の蟻を興味本位で踏み潰すような、あるいはバッタの足を一本一本引きちぎるような、もしくは蝶の羽を毟り取り地に投げ捨てるような残酷性。
それが、彼女の―――幻月さんのもっとも純粋で、もっとも残酷な本質。
「呆けてないで行くわよ!」
「で、でも!?」
「アイツだって紫の式なんてやってるのよ。そう簡単に負けたりしないわよ」
霊夢さんの叱咤に、意識が戻ってくる。
旋律のような打突音を響かせながら、どんどん奥に移動していく藍さんと幻月さんの二人。
多少押されているようですけど、未だに無傷で互角に渡り合う藍さんに素直に賞賛を覚えてしまいます。
正直、次元が違う。あそこに割り込めるのは、それこそお嬢様か妹様クラスでないととても無理。
確かに、今の私達にはやるべきことがある。あの戦闘の音を聞きつけて、マユゾンたちが集まってくる気配がしますし。
「ごめんなさい藍さん、今度油揚げ奢ります!!」
そう言葉を残して、私は既に走り出している霊夢たちの後を追う。
後ろから聞こえていた音が、どんどんと遠ざかっていく。代わりに近づいてくるのは、獣が唸るような低い声ばかり 。
あぁ、間違いない。私達はマユゾンたちに見つかってしまったのだと、誰もが理解した。
「あぁ、もうあのエセ悪魔!! あいつのせいで気付かれたじゃない!!」
「愚痴を零すなら走る方に労力を割いたほうがいい。中央の広場はここを抜けてすぐだ!」
「わかってるわよ!!」
いい加減我慢の限界がきたのか、霊夢が怒り心頭といった様子で怒鳴ると、彼女の隣を併走していたナズーリンさんがそう忠告する。
彼女のいうとおり、ここを抜ければ中央の広場はもうすぐ。
そこで弾幕に乗せて薬をばら撒けば、この騒ぎにも終止符が打てるのです。
この、心底あほらしくてばかばかしい異変ともおさらばなのですよ!!
「まったく、一匹いればなんとやらッて奴? ぞろぞろと湧き出てきちゃって!!」
鬱陶しそうに言葉にする輝夜さんのいうとおり、家屋の中から、あるいは家屋の死角から、同じ顔に変質したマユゾンがわんさかわんさか湧き出てきています。
不味いです、このまま群がられると広場までの道がマユゾンで埋め尽くされてしまいますよ!?
「こんな時に空が飛べたら……っ!!」
ないものねだりをしても仕方がない。それはわかっているのに、零れ落ちたのはそんな言葉。
埋め尽くされるマユゾンの群れは、なるほど、確かに地獄と形容しても間違いはないでしょう。
感染は触れられただけでおこなわれ、次から次へと爆発的に広がって行く。触れたらアウトと言う状態で、この数の暴力はまさに絶望的。
「どうするんですか!? もう攻撃しないでどうこうできる状況じゃないですよ!!?」
「……しょうがないか、できるだけ怪我させたくなかったんだけど」
なるべく怪我をさせないでと言う方針でしたから、私の言葉に答えた霊夢の顔には苦渋の表情が浮かんでいました。
それもそのはずで、彼らはあくまで被害者。博麗の巫女として、できるだけ怪我をさせたくなかったというのが本音でしょう。
霊夢が懐から札を取り出し始め、他の皆さんもそれぞれの弾幕用の道具を取り出す。かくいう私も、ロングスカートに隠れた太ももに隠してある刃の潰した苦無を取り出し―――
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!
『……はい?』
炸裂した爆発音に、思わず間の抜けた声を上げることになった。
もくもくと吹き� ��がる土煙。それが収まった後に眼前に広がった光景は、ピクピクとしびれて動けない様子のマユゾン達だった。
「オメェさんたち、無事かぁっ!!?」
野太い声が頭上からかかる。其方に視線を向ければ、家屋の屋根の上、そこに二つのシルエット。
「おぉ、店長、エリザベス!! 無事であったか!!?」
桂さんが歓喜ゆえに声を上げる。
そこには店長と、既に感染したと思われていたエリザベスさんが、以前、外の書物で読んだことのあるロケットランチャーと呼ばれるものを肩に担いでいたのです。
「あたぼうよ!! 里の連中なら気にすんな、少々派手だが、ただの痺れ薬よ!!」
[ここは任せて桂さんたちは先に!! 道は彼が切り開くから!]
「彼?」
確かに、店長の言うとおり怪我をしている人はひとりもいない。
その事に安堵し、ほっと息を吐いていた私を他所に、エリザベスさんの台詞が気になったのかナズーリンさんが怪訝そうな表情を浮かべる。
それが合図であったかのように、私達の後ろから響く足音は、おそらく馬の走る音。
そして、私達の頭上を飛び越える影。太陽の光を遮り、私達を一瞬だけ影が覆った。
まるで後光を差したようなその光景。その正体は―――
「Let's Party!!」
「って、なんでこの場面でルリティィィィィィン!!!?」
うちで門番やってるルリティン(仮)でした。まさかの再登場です。
いつもの法被のごとくピッチピチな白のコートにバンダナにサングラス、両腕を組んでふんぞり返るその姿。
両腕を解き、懐から取り出したのは六本のフランスパン。どうやってしまっていたのかつっこんだら……いけないんでしょうねぇ、やっぱり。
片手に三本、もう片手に三本と独特なスタイルで群がるマユゾンを張り倒していくルリティン。
わー、フランスパンって固いんですねー。などと遠い目で現実逃避してみる。
「気持ちはわかるけどね、道が出来たよ。今は放心してる場合じゃないだろう」
「はっ!!?」
そ、そうでした。ナズーリンさんの言うとおりです。こ� ��機を逃すわけには行きません!!
これも紅魔館のためお嬢様のためパチュリー様のため、里の皆さん、ごめんなさい!!
そう心で謝りながら、私は既に駆け出していた皆さんの後を追う。
先陣を切るのは馬に乗ったルリティン。まるで十戒のように道が割れていき、私達はその間を通っていく。
広場にたどり着き、彼がいるおかげであっという間に中央にたどり着きます。
出てきたときはうっかり現実逃避してしまいましたが、正直助かりました。
このまま行けばなんとかなりそうです。ありがとうルリティン!! 本当に助かりまし―――
カチッ!! ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!
「なんでですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
先陣を切って真っ先に中央にたどり着いたルリティンさんが馬ごと爆発して、私は思わず大声でツッコミを入れてしまう。
なんで、なんでいきなり爆発なんですか!!? ルリティンさんもそんないい笑顔で吹っ飛ばないでくださいよ!!?
「そういえば、子供達と一緒に『んまい棒』を作っていたのだが、もしや子供達がマユゾンになったときにここに零れ落ちたのか」
「子供と一緒になんてもん作ってるんですか!!?」
納得が言ったかのようにしみじみ語る桂さんに、早苗さんから盛大なツッコミが上がりますけど、それも無理もないことでしょう。
今度、慧音さんに厳重注意してもらったほうがいいのかもしれません。って、今はそんな場合じゃないんですけど!!?
「きゃあ!!?」
後ろから押さえつけられ、地面に叩きつけられる。
ここはいわばマユゾンが群がっていた中心地、そんなところで守りを失ってしまえばどうなるか、火を見るよりも明ら か。
途端、体に変調は訪れ、動悸が激しくなって意識が朦朧としていく。辛うじて残った意識で辺りに視線を向ければ、私と同じように組み伏せられていく皆さん。
ここまでだと、無意識のうちに理解する。結局、私自身は何の役にも立たず、紅魔館のみんなを救えなかったことに後悔の念が湧き上がってくる。
情けない、悔しい。そんな負の感情が身を支配して、私の体を絶望が閉ざす。
―――そんな中、私は、その光景を見たのだ。
次々と変態していく仲間達。次は自分がああなるのだとわかっているのに、それが気にならないほどの鮮烈なその光景。
誰もがウイルスに屈するその中で―――二人が、威風堂々と立っていた。
「神霊」
「神宝」
彼女達がスペルカードを宣言し� �数多の七色の光が彼女達の周りを旋回、張り付いていたマユゾンたちを弾き飛ばす。
彼女の霊力が形を持った鮮やかな光は、神々しい輝きを持ってくるくると回り。
彼女の宝である宝玉は、旋回しながらも眩い光を放ちながら瞬く間に分裂していく。
あぁ、そうか。そうだったのだ。
思えば―――彼女達二人だけは、全ての条件を兼ね備えていたのだ。
方や、異変の時以外は碌なことはしておらず、趣味は飲酒で人の顔を見ればすぐにお賽銭を要求する。
方や、姫という役職がら日がな一日外に出ず、趣味は盆栽と最近はもっぱらネットゲーム。お金持ちのワリには節約に目がなくて珍しいものには目がない。
そうだ、彼女達はすでに―――
「『夢想封印』!!」
「『ブリリアント� �ラゴンバレッタ』!!」
―――誰もが認める駄目人間だったのだ。
その日、空に七色の美しい光がはじけた。
弾けた光に乗って薬が飛び散り、マユゾンと化した人々が正気に戻っていく。
かくして、こうしてウイ〇ス・ミス異変、あるいはマユゾン異変は幕を閉じました。
世界は、こんなはずじゃなかったことばかりだというのは、一体誰の台詞だったのか。
かくして、駄目人間から始まった異変は、奇妙にも駄目人間の手によって終着を迎えたのでした。
「とまぁ、そんなことがあったんですよ妹様。あ、黄泉ガエル守備表示にしてターン終了です」
「ふーん、惜しいことしたなァ。その変質したお姉さま見てみたかったかも。じゃ、私のターン、ドロー。
……あ、三枚の永続ト ラップを墓地に送って神炎皇ウリアを特殊召喚するわね。それから永続トラップ、最終突撃命令発動よ」
「やめてあげてください妹様。お嬢様泣きますよ。あと止めてください妹様、攻撃力12000のウリアとかマジパネェです」
さて、時間は戻り現在。私の目の前には妹様が座り、のんきに遊戯王でデュエルなどしつつケタケタと笑っていました。
今、私達がいるのは紅魔館地下の図書館。辺りには銀さんや新八君がせっせと本の整理を手伝ってくれています。
その間、まさか妹様に館のことを手伝わせるわけにはいかないので、私がお話し相手というか暇つぶしの相手を勤めていたというわけで。
それにしても、妹様変わったなぁ。昔はもうちょっと怖い感じがしてたんだけど、角が取れてとっつきや� ��くなった感じがします。
うん、お嬢様が涙を呑んで銀さん達に妹様を預けた甲斐があったというものです。
でもカードゲームのデッキは相変わらずえげつないのです。止めてください、あんまり強くない私にウリアロードとか。
とりあえず、マユゾンになった人たちは記憶が曖昧になっていたことは、幸いと言うべきでしょう。
へたに記憶に残ってても、トラウマになるだけです。
あぁ、でも阿求さんが異変のことを纏めるつもりで紅魔館にも来ましたけど……はたしてどうなるやら。
さて、パチュリー様の使い魔たるこの小悪魔、今日も元気に図書館の仕事を頑張りましょう!!
※オマケ
異変は解決した。人々は次々に正気に戻り、辺りは活気を取り戻しつつあった。
そんな中、� ��の異変解決に貢献した男性は、一人ぽつんとその瓦礫となってしまった自身の経営していた店の前に佇んでいた。
「あー、その、何だ店長。正直、申し訳なかった」
「えっと、私も調子に乗りすぎちゃったかなぁ……なんて、あはは……その、ゴメン」
その男性の後ろに佇み、気まずそうに声を掛けた少女が二人。
店を瓦礫にした張本人、八雲藍と幻月の申し訳なさそうな声にも、煤けたように見える背中は何もいわない。
やがて、彼は晴れ渡った空を見上げる。あぁ、今日はこんなにも素晴らしい空が広がっていると現実逃避。
そのままポツリと、一言の言葉が空気に溶けて消えて行く。
「……つれぇ、辛すぎて、涙が出てきやがった」
■あとがき■
みなさん、お久しぶりです 。白々燈です。
以前、ちょっとだけ話に出た異変の内容を書いてみる。
最近忙しかったこともあり、脳みそがうまく働かない状態での執筆でしたが、いかがだったでしょうか?
最近、弟がまたネットゲームやり始めたので時間が中々取れません。
なので、更新が遅くなると思いますが、それでもまた見てもらえると幸いです。
最近、東方のボーカルアレンジで百鬼飛行を気に入って割りと毎日聞いてます。
原曲は小傘の「万年置き傘にご注意を」なんですが、とてもカッコいい曲です。
それでは、今回はこの辺で。
↓はドSコーナー。
■斬って刻んでドSコーナー■
ソラ「みなさん、こんにちは。ドSコーナーの時間ですわ」
幽香「今回は第8回目。今日のゲストは� �村新八よ」
沖田「さぁ、はいってくんなせぇ」
ぱちぱちと拍手と共に現われる新八。
その表情はやはりと言うべきか、どこか浮かないものだった。
ソラ「いらっしゃい、歓迎しますわ。ツッコミの名手……えっと、デスメガネ?」
新八「なんでだよ!!? それ別人じゃんか!!? 居合い拳とか使えませんよ僕!!?」
ソラ「いえいえ、そういう意味でなくてですね、存在が死んだように薄い眼鏡さんと言う意味でして」
新八「そっちかぃぃぃぃぃぃ!!? つーかドンだけアンタの中で僕の存在感薄いんですか!!? 僕の存在よりも眼鏡優先か!!?」
ソラ「え? だって、眼鏡が本体なんですよね?」
幽香「私も眼鏡が本体だと思ってたわ」
沖田「俺もでさぁ」
新八「お前等眼科に行って来い!! 本当に頼むから!!」
全員からの口撃(誤字にあらず)にも持ち前の根性で耐え切りしっかりとツッコミを返す志村新八。
さすがはこのシリーズ全編を通してツッコミ役を任された男。このくらいじゃめげねぇのである。
新八「そういえば、ソラさんのことで読者の方から質問が来てませんでした? こう、百合なんですか? みたいな質問」
ソラ「あぁ、そういえば」
幽香「今この場を借りて質問に答えてあげてもいいんじゃない?」
沖田「そうですぜ。メガネ弄ってもしかたねぇですし」
新八「あれ……、それはそれで寂しいっていうか、あの……ドSコーナーとしてゲスト放っておいていいんですか?」
ソラ「それじゃ、私でよければ質問に答えさせていただきますわyuruさん」
新八「いや、聞けよ」
新八がなにやらいっているはスルーしつつ、カメラ目線になるソラ。
段々と新八が喧しくなってきたので、幽香が新八にコブラツイストを決めて黙らせる。
見事な関節技である。少なくとも沖田が「おぉ」と感嘆の声を上げるぐらいには完成された技であった。
ソラ「いいですか、yuruさん。人 生、長く生きていると色々と倒錯するものなんですのよ?」
新八「自信満々の笑顔で何いってるんですかアンタタタタタタタタタタタイダイイダイ折れるぅぅぅ!!?」
幽香「ふふ、さすがデスメガネ。そのツッコミ魂だけは褒めてあげるわ」
ソラの一言にコブラツイストをかけられながらもしっかりツッコミを入れる新八。
まさにツッコミ芸人の鑑のようなその行為に不覚にも涙がちょちょぎれそうになった。主にスタッフが。
そんな彼に賞賛の言葉を送りつつもまったく持って技を外す気のねぇ幽香であった。
あと、やっぱり彼らには新八の名前を呼んであげる気は皆無である。
ソラ「とまぁ、冗談は置いときまして。真面目に答えるとですね、確かに私はどっちもいける口ですよ? 男も女もどんとこいです!
ですけど、やっぱり一番なのは今は亡きあの人なのです。最近は女の子によく言ってますけど、そうですね、返ってくる反応をみて楽しんでいるのですよ」
沖田「おぉ、珍しくまともに答えやしたね」
ソラ「私だって、たまには真面目になりますよ? 今でもあの人一筋ですから」
幽香「それじゃ、今回のドSコーナーはここまでね。それじゃみんな、次のドSコーナーを楽しみにしてなさい」
沖田「そんなわけで、次回をお楽しみに」
ソラ「ば~いちゃ、ですわ!」
新八「ていうかいい加減技をといてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」
■第8回、終■
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